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東京地方裁判所 平成4年(ワ)17476号 判決 1996年12月12日

東京都<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

桜井健夫

東京都中央区<以下省略>

被告

国際証券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

松下照男

川戸淳一郎

竹越健二

白石康広

鈴木信一

本杉明義

主文

一  被告は、原告に対し、金九〇〇万円及びこれに対する平成四年一月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

(主位的請求)

被告は、原告に対し、三六〇〇万五八九一円及びこれに対する平成四年一月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(予備的請求)

被告は、原告に対し、三一三三万二八一二円及びこれに対する平成四年一月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要及び争点

一  争いのない事実

1  原告は、昭和七年○月○日生まれの主婦であり、被告は、証券取引の取り次ぎ、証券の売買等を目的とする株式会社である。

2  原告と被告練馬支店(開設準備中も含む)とは、平成元年八月から平成二年一二月まで別紙取引一覧表のとおり取引を行った。

3  この結果、原告は、ワラント取引により三五六九万二〇五九円の損失を生じ、他方、二九六万六一六八円の利益を得たので、全体として三二七二万五八九一円の損失となった。また、ワラント取引以外のものも含めた全取引では最終的に二八四八万二八一二円の損失を生じた。

二  原告の主張

1  ワラント取引の違法性

被告担当者による原告に対するワラント取引の勧誘及び取引行為は以下の理由により不法行為を構成するので、これにより生じた損害三二七二万五八九一円及びその一割相当の弁護士費用三二八万円の合計三六〇〇万五八九一円の支払いを求める。

(一) 執拗かつ強引な勧誘

被告池袋支店の外務員であるBは、原告宅を突然訪れて二時間も居続け原告を困惑させ、押し売り同然のやり方で投資信託を売りつけた。その後も一日に三、四回も電話して勧誘したり定期預金の満期の金をまわせとしつこく迫るなど、自宅に一人でいる原告に対し極めて執拗な勧誘を行って原告から多額の金員を拠出させた。このようにしてワラントに大量の資金を投入させるお膳立てがなされた。

(二) 断定的判断の提供

証券取引法五〇条一項一号は、有価証券の売買に関し、有価証券の価額が騰貴することの断定的判断を提供して勧誘する行為を禁止している。これは、証券取引のプロである証券会社の外務員が、価格の変動する有価証券につき、その騰貴、下落の断定的判断を提供して勧誘すると、顧客はそれを理由づける相当な根拠があるものとしてそれを信頼して損害を被る危険性があるからであり、これに違反して勧誘しそれにより顧客に損害を与えれば不法行為となる。

Bは、原告に対し、①「損はさせない」、②「確実に儲かる」、③「二週間で確実に七〇〇~八〇〇万円儲かる」、④「正月はご祝儀相場で必ず上がることになっている」、⑤「四月にはこちらの方が良く上がる」、等の断定的判断を提供し、被告練馬支店長のCは、⑥「損はさせない」、⑦「三月の決算が過ぎて四月になればまた上がることは確実です」、⑧「八月になれば必ず三倍になる」等の断定的判断を提供した。

(三) 虚偽の表示、誤解を生ぜしめるべき表示

有価証券の売買に関し、虚偽の表示をし又は誤解を生ぜしめるべき表示をする行為は、証券取引法第五〇条一項六号、証券会社の健全性の準則等に関する省令第二条一号によって禁止されている。また、平成四年改正前証券取引法第五八条二号(改正後同法第一五七条二号)も規制対象を証券会社に限定しない一般的禁止行為として同様の行為を掲げている。

Bはまず原告にワラントを売りつける際に、ワラントが投機商品であるにもかかわらず、「ワラントは新株引受権証券であって、外貨建のものと円建てのものがあり、外貨建のものは為替変動による危険性があること、ワラントには権利行使期間があり期間を過ぎると無価値な紙くずとなること、権利行使価格が決まっており権利行使のためには代金を払い込む必要があること、権利価格は発行時の株式時価よりも高く決められており、株式の時価が、権利行使価格より値上がりしないと権利行使の意味はないこと」などの基本的事実を説明せずに、人気がある新商品で確実にもうかるものであることのみを説明して勧誘した。

さらに、原告には価格がわからないことをいいことに、Bは、値上がりしていないワラントを値上がりしていると伝えたり、ワラントの時価を考慮するとそもそも全体として利益が出ているのかも怪しいような時期に多額の累積利益が出ているという趣旨を伝えるなどの虚偽の表示をして、原告にワラントの買換えをさせたり原告のワラント売却の機会を奪うなどして損害を与えた。

(四) 適合性の原則違反

大蔵省証券局から日本証券業協会会長宛の昭和四九年一二月二日付蔵証二二一一の通牒1項(2)には「投資者に対する投資勧誘に際しては、投資者の意向、投資経験及び資力等に最も適合した投資が行われるよう十分配慮すること。特に、証券投資に関する知識、経験が不十分な投資者及び資力の乏しい投資者に対する投資勧誘については、より一層慎重を期すること。」と規定されている。これはいわゆる「適合性の原則」と呼ばれるものであり、証券会社の従業員が顧客を勧誘する際の大原則である。原告は、自己の収入がない主婦であり、これといった余裕資産を有しておらず、株取引の経験は全くなく知識もほとんど有していなかったのであるから、このような原告に対してワラントのような投機的取引を勧誘することは適合性の原則に明白に違反する。

(五) 取引態様明示義務違反

委託売買と仕切売買のいずれの形態をとるかは注文を出す顧客の利害に重大な影響を及ぼすので、証券会社は顧客から注文を受けたときはその注文を受諾する前に、媒介・取次・代理によってその売買を成立させる「委託売買」か自己が相手方となって売買を成立させる「仕切売買」かを顧客に明らかにする義務を負う(証券取引法第四六条)。そして、ワラントの売買は仕切売買すなわち証券会社と顧客間の売買であり、両者は売買において対立する立場に立ち、証券会社の収益は顧客が支出又は受領する価格に直接影響されるのであるから、少なくとも証券会社自身が直接の売主又は買主となることを顧客に明示しなければならない。

ところがB及びCはいずれも原告に対し、ワラント取引で被告が当事者となることは全く明示しなかった。

(六) 価格を知らせなかったこと

ワラントは原告が取り引きした当時、価格形成が不透明で価格が一般人にはわからないものであるうえ、有価証券としての「ワラント証券」を原告が現実に所持するわけではないので、原告は被告に価格を教えてもらい被告に買ってもらうしか売却の方法は事実上なかった。BとCは、ワラントを原告に売りつけた後、原告に対して進んで価格を伝えようとしなかったばかりか、価格を継続的に教えるとの約束をしたのに履行せず、原告の度重なる問い合わせにもかかわらず価格を教えなかった。右の行為は、原告に対するワラントの売りつけと一体となって不法行為を構成し、これによりワラント購入、売却により生じた損害全額が相当因果関係ある損害となる。

2  ワラント取引も含めた一連の取引行為の違法性

Bは、当初から資金を引き出せるだけ引き出しておいて一気にワラントに投入する意図で勧誘行為を続けた者であり、ワラント取引に関する違法性を中心としてそれにとどまらず当初の勧誘から全体として違法性を有し、一連の不法行為を構成する。そうすると、原告の損害額は、全取引の最終損失額である二八四八万二八一二円となり、これに弁護士費用として約一割である二八五万円を加算した三一三三万二八一二円を請求する。

三  被告の主張

1  原告は、被告練馬支店と証券取引を解する以前から被告以外の証券会社とも証券取引を重ねてその知識及び経験も豊富であり、投機性のある取引に興味がなかったというのは事実に反する。

2  Bは、証券取引の知識経験、投機意欲及び資金力等原告の投資家属性を考慮して当時活況を呈していたワラント取引の説明及び勧誘を行うことを決定し、平成元年一〇月五日ころ、原告宅を訪問してワラント取引の説明書等を交付しながらワラント取引の説明を行っている。原告は、Bの説明を聞いてワラントがハイリスク・ハイリターンの性質を有すること、ワラントが期限付き商品であることを十分に理解していた。

四  争点

1  被告の原告に対するワラントの勧誘及び取引行為の違法性

2  被告の原告に対するワラント取引を含めた一連の証券取引勧誘行為及び取引行為の違法性

3  過失相殺の程度

第三争点に対する判断

一  取引の経過について

1  争いのない事実に加え、甲二四、乙一五、証人Bの証言及び原告本人尋問の結果並びに後記認定事実中に掲記の各書証によると、以下の事実を認めることができる。

(一) 原告は、昭和七年○月○日生まれの主婦である。洋裁学校を出て数年間、自宅で知人の注文に応じて洋裁をして小遣い程度の収入を得たり、家事をしたりした後、昭和三四年に大学病院に勤務する夫と結婚し、現在に至っている。結婚後は、家計をある程度任され、夫の給与から銀行預金をしていた。

(二) 原告は、太平洋証券大泉支店及び国際証券池袋西口支店と取引があった。ただし、いずれも取引としては新規発行の転換社債と投資信託であり、株式取引は行ったことはなかった。

(三) Bは、平成元年七月下旬から被告池袋西口支店営業課長代理兼練馬支店開設準備委員に着任し、同年八月上旬ころから、被告本店から送付されてきた有力属性リストに基づき、電話により新支店の顧客開拓のための取引勧誘を行っていた。右リストに原告の夫の名前が挙がっていたことからBは原告宅にも電話をしていた。そしてBは、電話での原告の応対から原告に取引の脈があると判断し、さらに積極的に取引勧誘を勧めるべく、同年八月三〇日、原告宅を訪問した。

(四) Bは、新規開店の準備室には利益が得やすい新規発行の転換社債及び公募株式が多く本社から割り当てられることから、原告に対し、「オープン前なので本社から特別良い銘柄がお世話できる。今がチャンスだ。」と述べて強く被告練馬支店開設準備室との取引を勧誘した。原告は、被告池袋西口支店と既に取引がある旨告げて断ったが、Bは、夫名義や娘名義を利用すれば取引が可能であると言って更に食い下がり、この結果、原告は、夫名義で投資信託二〇〇口を購入することを承諾した。

(五) その後、Bは、頻繁に原告に電話をし、新規発行の転換社債ばかりを七件、各一〇〇万円程度の取引を紹介し、原告はBに言われるままこれを売却してそれぞれ五万円ないし一〇万円の利益を得た。平成元年一〇月にはBは新規募集の株式として東海パルプの株式一〇〇〇株を一一二万円で購入することを勧め、これも一ケ月あまりで五万円程度の利益を得た。

(六) Bは、平成元年一〇月五日ころ、原告方を訪問し、ワラントの取引を勧誘した。Bは、ワラントについて、「現在非常に人気がある商品である」、「自分は株よりもワラントの方が得意であるからこちらをやらせて欲しい」、と述べて、過去一ヶ月間の株価の動きとワラント価格の変動とを対比して自分で作成したグラフを原告に見せ、株式に比べてワラントの値上がり率が高いことを説明した。また、ワラントの運用については、「我々プロに任せていただきたい」と述べた。

(七) そして更に、同月一三日、Bは被告練馬支店長予定者であるCとともに原告方を訪問し、具体的に鈴木自動車ワラント五〇ワラントの購入を勧めた。原告はBらの勧めに従って右ワラントを購入することを了解したが、その際、B及びCは、原告に対し、社団法人日本証券業協会発行の「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」(乙六)と被告発行の「ワラント取引のあらまし」と言うパンフレット(乙五)を交付した。社団法人日本証券業協会発行の「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」には、その二頁、三頁に赤枠で囲って「ワラントのリスクについて」と題して「ワラントは期限付きの商品であり、権利行使期間が終了したときその価値を失うという性格を持つ証券である」「ワラントの価格は理論上株価に連動するが、その変動率は株式に比べて大きくなる傾向にある」「外国新株引受権証券に投資する際は、外国為替の影響を考慮に入れる必要がある」といった注意書が赤の下線を引いて記載がなされている。原告は、右二通のパンフレットを受領した際、Bらの求めに従い、「私は、貴社から受領したワラント取引に関する説明書の内容を確認し、私の判断と責任においてワラント取引を行います」と記載のある「ワラント取引に関する確認書」(乙七)及び外国証券取引口座設定約諾書(乙八)に夫名義で署名押印している。

(八) Bは、原告に対し、平成元年一一月一〇日にはTHKの新規募集株一〇〇〇株を一七三〇万円で購入することを勧めた。原告は、THKという会社の名前すら聞いたことがなかったが、Bの強い勧めに従い、これを購入することを了解し、同年一二月一三日にはこれを売却して五〇〇万円余りの利益を得ている。原告は、いったんはTHKの利益が得た段階で解約したい旨申入れたが、Bより、「オープンなので協力して欲しい」旨頼まれ、結局解約はせず、Bの言われるままワラント等の取引を継続した。

(九) その後、原告は、別紙取引経過一覧表のとおり平成二年五月まで頻繁にワラント等の取引を行っているが、これらはいずれもBから言われるままに行っていた取引であり、各ワラントの当時の価格について具体的にBから原告に知らされることはなかった。ところが、平成二年五月から一〇月までBから一切連絡がなくなり、原告が電話してもBもCも電話に出てこず、原告として、原告が購入したワラントの価格を具体的に知る手段がなかった。

(一〇) 平成二年一〇月、Cから原告に電話連絡が入り、東ソーワラント、ニチメンワラント、サッポロビールワラントが値下がりしているのでこれら三年物のワラントから八年物の三井東圧ワラントに買換えたい旨言ってきた。原告は、これを承諾したが、後日、Bが右取引の計算書を持参してきたときに初めて右各ワラントが大暴落をしていることとを知った。

(一一) 平成三年三月、Cが原告に対し、ナショナルパワーの購入を勧めたが、当時、原告の夫は脳血栓で入院中であり、ワラントの損害のため資金も底をついてしまったため、三井東圧のワラントを売却した分をナショナルパワーにまわすことだけを承諾した。原告と被告との取引は、平成三年一二月一〇日のスーパーゴールドの売却を最後に終了した。

二  ワラントとは

1(一)  新株引受権証券(ワラント)とは、一定期間内に一定の価格で一定量の新株式を買取ることができる権利が付与された証券のことをいい、具体的には、新株引受権付社債(ワラント債)の発行後に、ワラントと社債券(エクスワラント)に分離された場合のワラント部分をいう。

(二)  ワラントは、期限付きの商品であり、権利行使期間が終了したときにその価値を失うという性格を持つ証券である。したがって、ワラントを買い付けた場合には、所定の行使期間内にワラントをワラントのまま売却するか、新株引受権を行使して当該発行会社の株式を買取るかを選択しなければならない。そして、ワラントを買い付けた後、発行会社の株価が予想通りに上昇せず、行使価格を上回らないときには、新株引受権を行使して利益を得る機会を失うことになる。

(三)  ワラントの価格は、理論上株価に連動するが、その変動率は株式に比べて大きくなる傾向がある。したがって、株式を売買するよりも少額の資金で株式を売買した場合と同等以上の投資効果を上げることも可能であるが、その反面、値下がりも激しく、場合によっては、投資金額の全額を失うこともある。

(四)  また、外国新株引受権証券(外貨建ワラント)は、外国為替の影響も受ける。(以上、乙六)

2  ワラントは、右のような危険性を有する証券取引であるから、証券会社としてワラントを販売するときは、証券取引に対する知識・経験を十分に有し、相当な資産を有する者に対し、ワラント取引における右のようなリスクを十分に説明した上で行うべきであり、これを怠った場合には、右取引行為が違法性を有する場合もあるというべきである。

三  本件ワラント取引の違法性

1  適合性の原則違反について

(一) 前記一(一)に認定した事実関係によると、原告は、会社勤めなどの経験が全くない主婦であり、学歴からもこうした株式取引関係の知識があるとは認められない。また、前記一(二)に認定事実によれば、原告は、投資信託と転換社債を購入した経験はあるものの、株式取引の経験はなかったことが認められる。さらに、原告が現実に行った取引の態様をみても、原告は、Bの勧める取引を言われるがままに受け入れているだけであり、原告に、個々の株式及びワラント取引の銘柄の善し悪しを自分自身で判断し、証券会社のアドバイスをあくまでも参考にしつつ、自己の判断と責任において取引を行うだけの才覚があったとは認められない(前記一(五)ないし(九))。

(二) また、前記一に認定した事実及び争いのない事実によれば、原告は、三〇〇〇万円以上の資金を株式及びワラントに支出していることが認められるが、原告本人尋問の結果によると、右金員は、原告が夫の給与の中から老後の蓄えとして貯蓄してきたものであることが認められ、原告の年齢が平成元年一〇月の時点で五五歳であることを考えると、右の資金が投機的取引に向いた余裕資金であると認めることもできない。

(三) この点、証人Bは、原告が株式取引などの取引経験が豊富で財力があるから、ワラント取引に適していると思った旨証言するが、右証言中、原告が被告練馬支店開設準備室との取引前に株式取引まで行っていたことを裏付ける証拠はなく、原告本人尋問の結果に照らし、右証言部分は採用できない。また、たしかに前記一(四)ないし(七)に認定した事実及び争いのない事実によれば、原告は、ワラント取引までの間に八回にわたり転換社債を購入し、一回株式取引を行って利益を得ていることが認められるが、これらはいずれも被告が練馬支店開設準備のための顧客獲得の一環として比較的利益を得やすい新規発行ないし新規募集の銘柄を原告に勧めたものであって、いわば原告から資金を引き出すための誘い水ともいうべき取引であり、右取引があるからといって原告の株式取引の経験が豊富であるとも言うことはできない。

(四) 右事実によれば、原告は、証券投資に関する知識、経験が不十分な投資者であるというべきであり、適合性の原則から考えると、原告に対するワラント等の証券投資の勧誘は特に慎重に行われるべきである。

2  説明義務違反について

(一) ワラント取引を勧誘するにあたっては、その危険性を具体的に説明した上で取引を開始すべきであるが、その説明義務の程度は、投資者の証券取引に関する知識、経験、力量に応じて異なるというべきである。そして、証券取引に関する知識、経験が不足している投資者に対しては、証券会社としては、ワラント取引の勧誘を控えるか、仮に勧誘する場合には、ワラント取引の具体的な危険性を十分に説明し、認識させた上で行うべき義務があるというべきである。

(二) 前記一において認定した事実によれば、Bは、原告に対し、ワラント取引を勧めるにあたって、社団法人日本証券業協会発行の「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」(乙六)を交付し、右説明書には、ワラント取引の具体的危険性について記載があること、また原告は、これを受領した際、Bらの求めに従い、「私は、貴社から受領したワラント取引に関する説明書の内容を確認し、私の判断と責任においてワラント取引を行います」と記載のある「ワラント取引に関する確認書」(乙七)に夫名義で署名押印していることが認められる。

(三) しかしながら他方、前記一(六)に認定のとおり、Bの原告に対する説明においてもっぱら利用された資料は、Bが自ら作成した平成元年一〇月ころの一ケ月間の株価の動きとワラント価格の変動とを対比して自分で作成したグラフであり、当時の株式市況(乙三九)からして、右グラフは株価に対してワラント価格が上昇することが強調されたグラフであることが推測される。しかも、Bによる勧誘は、ワラントについて原告に常時情報を提供し、原告自身の判断において取引を行うというよりもむしろ、原告自身の判断は期待せず、もっぱらBを信頼してワラント取引の運用を任せて欲しいといったいわば一任的取引の勧誘にあったものと認められることからすると、Bにおいてワラント取引の具体的危険性まで含めた詳細な説明が行われ、原告自身の判断において投資が行われるという趣旨が、徹底していたか否か疑わしいと言わざるを得ない。(この点、証人Bは、具体的説明を行った旨証言するが、採用できない。)

(四) 右(三)の事実からすると、仮に原告に対し、「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」(乙六)が交付され、右説明書にワラント取引の危険性が記載されていたとしても、Bが原告に対し、原告の証券取引の知識及び経験に応じたワラント取引の具体的危険性の説明まで行っていたと認めることはできないから、Bには、原告とのワラントの取引を行うにあたっての説明義務違反があると認められる。

3  価格を知らせなかったことについて

前記一(九)(一〇)に認定したとおり、Bは、原告に対し、原告が購入したワラントの価格を具体的に知らせないまま取引を行っていたうえ、平成元年五月から一〇月までは一切原告に連絡をせず、原告が電話してもBもCも電話に出てこなかったため、原告として、原告が購入したワラントの価格を具体的に知る手段がなかったことが認められる。右事実によれば、原告はそもそも自分自身の判断でワラント取引を行うための情報も十分に与えられていなかったということができる。

4  なお、原告は、執拗な取引の勧誘、断定的判断の提供、虚偽の表示、誤解を生ぜしめるべき表示、あるいは取引態様明示義務違反についても違法事由として主張するが、右の各主張事実はいずれも証券取引における証券会社の説明義務を構成する事情として考慮するべきであり、本件取引経過は前記一において認定したとおりである。

5  以上の点を総合すると、Bには、ワラント取引にあたって、原告の証券取引の知識と経験に応じた説明義務を尽くさなかった違法があると認められる。

6  なお、ワラント以外の取引の違法性(予備的請求)については、これを違法と認めるに足りる事実は存しない。

四  過失相殺について

1  証券取引において株価が変動し、リスクを伴うものであることは公知の事実であり、証券取引における自己責任の原則は証券取引における当然の原則である。

2  また、前記一において認定した事実によれば、原告自身、少なくとも投資信託の経験を有するのであるから、株式取引におけるリスクについてはある程度理解があったものと認められる。

3  しかも、原告は、Bから「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」(乙六)を受領し、かつ、「ワラント取引に関する確認書」(乙七)にも署名しているところ、右説明書には前記認定のとおりワラント取引におけるリスクが具体的に記載されているのであるから右の説明書を意識的に熟読すれば、ワラント取引における危険性が十分認識できたことは明らかである。

4  以上の事情を考慮すると、原告において生じたワラント取引による損害の七割五分を過失相殺として減じるのが相当である。そうすると、被告は、原告に対し、ワラント取引により原告に生じた損失の二割五分にあたる八一八万一四七二円に、弁護士費用としてその約一割を加えた額である九〇〇万円を損害として賠償すべきことになる。

五  よって主文のとおり判決する。

(裁判官 鬼澤友直)

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